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福岡ソフトバンクホークスの本拠地『ヤフオクドーム』の15番通路に刻まれた思いとは・・・

2016/8/25 | 11,665 PV |

泣ける・感動

 
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現在のソフトバンクホークスにつながる「福岡ダイエーホークス」が誕生したのは1988年のこと。
本拠地が福岡市の平和台球場に移され、1992年にドーム球場が完成しました。

 

オーナー企業が変わったことにより、球場名も「福岡ドーム」から「ヤフオクドーム」に変わっています。
球場名が変われども、変わらないものもありました。

 

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出典 YouTube

 
 

球場内にある15番通路、それは通称「藤井ゲート」と呼ばれています。
肺がんのため、若くして亡くなってしまった藤井将雄投手の背番号15にちなんでいるのです。

 
 

入団当時からの夢を叶えた藤井投手

 

1995年にドラフト4位で入団した藤井投手、1998年には右の中継ぎエースとして大活躍しました。
「炎のストッパー」とも呼ばれ、翌年の1999年には当時のパ・リーグ最多ホールド記録を樹立しました。

 

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出典 YouTube

 
 

この年にダイエーホークスが創設されて初めて日本一となったのです。
素晴らしい記録を残した藤井投手でしたが、マウンド上で咳き込む姿が何度も目撃されていました。

 

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出典 YouTube

 
 

リーグ優勝後の精密検査で異常が発覚し、医師からすぐに入院するように告げられました。
しかし、藤井投手は医師を説得し日本シリーズのマウンドに立っていたのです。

 

入団当時から思い描いていた「王監督を胴上げする」という夢を果たした藤井選手。
そんな中、藤井選手の体に恐ろしい病気が迫っていたのです。

 
 

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