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2014/12/2 | 5,740 PV |

泣ける・感動

 
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【ハンカチ片手にご用意ください。】不器用な父親の泣けるお話4選

不器用な父親の涙溢れる感動のお話をご紹介します。涙なしでは見れません。不器用な父親の愛情を知ったら、きっと親孝行したくなるはず。あなたは親孝行していますか?

古びたエアコンと母

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クーラーが発売され、暫くした頃エアコンが発売された。
貧乏な俺の家は、そんな高価な物買うお金なんてない。家族3人で生活をするのがやっとだ。
でも、ある日、遅い時間に帰って来て朗報だ、と呟く。

「くじ引きでエアコンが当たった」

俺は、本当かよ、と父を疑った。
しかし、数日後ゴツイ業者の2人が、狭い家に入ってきた──エアコンを連れて。

それからというもの、父は使う前、使い終わった後、毎月手入れをするようになった。
その都度、俺が

「たかが、くじ引きで当たったやつだろう?すぐに壊れるんじゃあねぇの?」

というと、父は決まって「お前にはまだ解るまい」と一言。
解りたくもないけれど。
1人不貞腐れながら、寝床に入ると母がそっと枕元に寄ってきた。

「お父さんは不器用だからねぇ。察してあげてね」

そういつも、中学生の俺を宥めてくれる。ちょっと、小っ恥ずかしいけど。

2人の言葉の意味がまるでわからないまま、高校を卒業して就職を始めた。
父は、俺を大学に入れる気でいてくれたが断った。
今、必要なのはお金だから。流石にお金を貯めて、先々も考え、家に金を入れてやりたい。

仕事をしていると、職場に電話がかかってきた。
スパナを置き、電話に出る。
声の主は母からだった。

「お父さんが……倒れたわ」

急いで、病院に駆けつけ病室に転がりこんだ。
手遅れだった。
くも膜下出血。突然、呼吸が止まり亡くなったらしい。
エアコンを掃除していた時に。
崩れた俺の元に、お母さんがまた寄ってきた。

「あのエアコンは、確かに安物よ。でもね、エアコンも結局は人の手によって作られた物。
高くて良いものを大切にする事も良い事だけど、安い物も大切に使えば長く使えるのよ」

俺は、小っ恥ずかしくなった。
そんな事も解らずに1人不貞腐れていたなんて…。

今は、俺が1人掃除をこまめにしている。
母は、物忘れが酷くなってきてしまった。
父が死んだことも忘れてしまっている。俺が息子だということもわからない。

それでも、この家と母を支えて続けた。
エアコンを掃除してたある日。
母が俺の元へ昔みたいに寄ってきた。

「あなたは不器用ですからね。私がいつまでも、お側で見ていてあげますから」

それが、母の最後の言葉だった。おそらく、父と間違えたんだろう。

俺は、そっと母の遺体に寄っていった。

「不器用ですまなかったな、お前」

父の口調を真似て。

出典 piapro.jp

画像出典 gigazine.net

 

不器用な父の気持ち

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学生時代、書類の手続きで1年半ぶりに実家に帰った時のこと。
本当は泊まる予定だったんだが、次の日に遊ぶ予定が入ってしまったので
結局日帰りにしてしまった。

母にサインやら捺印やらをしてもらい、帰ろうとして玄関で靴紐を結んで
いると、父が会社から帰ってきた。
口数が少なく、何かにつけて小言や私や母の愚痴を言う父親のことが苦手で、
一緒に居ると息苦しさを感じていたの私は、父が帰宅する前に帰って
しまいたいというのも、日帰り、ひいては通えない距離の学校を選んだの
理由の一つだった。
父が、「お前、泊まるんじゃなかったのか」と訊いたので、
「ちょっと忙しいから」とぶっきらぼうに答えると、手に持っていた
ドーナツの箱を私に差し出し、
「これやるから、電車の中で食え。道中長いだろうから」と言った。

駅に着くと、電車は行ったばかりのようで人気がなく、30分は
待たされるようだった。
小腹が減ったので、父からもらったドーナツの箱を開けた。
3個ずつ3種類入っていた。
家族3人でお茶するつもりだったんだなぁ。
でも、私が9個貰っても食べきれないよ。
箱の中を覗き込みながら苦笑した。
その直後。
あぁ、あの人は凄く不器用なだけなんだろうな―。
ふとそう思うと、涙がぼろぼろ出てきた。
様々な感情や思い出が泡のように浮かんでは消えるけど、どれもこれも
切なかったり苦かったりばっかりで。
手持ちのポケットティッシュが無くなっても、ハンカチが洗濯して干す前
みたいに濡れても涙は止まらなくて、
結局、一本あとの電車が来るまで駅のベンチでずっと泣き続けていた。

出典 matome.naver.jp

画像出典 blog-imgs-42.fc2.com

 

最初で最期のメール

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去年3月に定年を迎えた父に兄と私で携帯電話をプレゼント。
退職前は携帯などいらんと言っていたがうれしそうだった。
使い方に悪戦苦闘の父に一通り教えてまずメールを送ったが返事はこなかった。
その6月に脳出血で孫の顔も見ずに突然の死。
40年働き続けてホッとしたのはたったの2ヶ月。
葬式後父の携帯に未送信のこのメールを発見した。
最初で最期の私宛のメール。私は泣きながら送信ボタンを押した。
私の一生の保護メールです。

「お前からのメールがやっと見られた。
返事に何日もかかっている。
お父さんは4月からは毎日が日曜日だ。
孫が生まれたら毎日子守してやる。」

出典 matome.naver.jp

画像出典 blog.goo.ne.jp

 

娘の結婚式

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私、ウエディングプランナーをしてて沢山の幸せのお手伝いをさせてもらったけど
忘れられない結婚式があります。

新婦は私より大分年下の10代で可愛らしい子、新郎は彼女より20歳ほど年上の優しい方でした。
年の差カップルは珍しくないけどこれが一筋縄では行かなかったのよね…。

新婦はお父様に育てられて、そのお父さんが「結婚は勝手にしろ。でも式には出ない」。
でも2人は「みんなに祝ってほしい」と。

ええ、頑張りましたよ。新婦のご実家に2人と一緒に何度も行きました。
頭も何回下げたかわかんない。
「お前は関係ない」と言われました。その通りです。
でも私は2人の結婚式を2人が望むものに、
最高の1日にしたかった。それが私の仕事。
意見や愚痴がどっちも私に集まってきて正直キツかった。
面倒くさいと思ったこともある。
でもある日「お前一人と話したい」と電話がかかってきたんです。
すごい怖かったよ。何を言われるんだろう?と。

でさ、約束した日に指定されたところに行ったらさ、お父さんいつもは顔も話し方も怖いんだけど、
その日はすごく大人しく小さな声で、娘さんが生まれた日の話、小学校の運動会で張り切ったら「お父さん恥ずかしい」と言われた話、
中学の頃は話し掛けてもろくに答えてくれなかったのに娘さんが修学旅行から帰ってきた日に仕事から帰ったら
テーブルにお土産の携帯ストラップが置いてあって本当に嬉しくて今でも付けてること、「結婚したい人がいる。」と初めて言われた日のこと…。

色々話してくれました。
「娘が本当に可愛い。娘が選んだ男に間違いはないと思ってる。でも気持ちの整理がつかない」
って。泣いたね、あれは。

最後にお父さん、恥ずかしそうに
「結婚式ってどんな服を着ればいいんだ?もう何年も服を買ってないからわからないんだ」って。
夜、娘さんに電話してその日のことを話したら
娘も新郎も号泣。私も号泣….
数日後、娘と私とお父さんとで服を見に行ったよ。
で、結婚式は無事に開かれて大成功!
かと思ったんだけど、
ブーケトスで娘がブーケを投げない。
??? なにこっち向いてきょろきょろしてるの?
と思ってたら娘、
すたすたと歩いてきて私に手渡しでブーケをくれたの。
まわりの人たちは拍手。
どうやらお2人とお父さんは結婚式に
至るまでのことや私のことを参列者に話してたみたい。
もう・・・本当にあれは嬉しかった。
涙が止まらなかった。
今でもあの時の体の震えと彼女の
笑顔が忘れられない。
正直、出過ぎた真似なんじゃないか?とか
自分のやってることは正しいのか?とか
考えてしまうこともあったんだけど、
たくさんの人が「いい結婚式だった」と
言ってくれたから良いや。もうそれだけでいい。

今年、2人から「赤ちゃん生まれました」
の年賀状が届いたよ。
赤ちゃんを抱いたデレデレのお父様の写真付きで。

出典 matome.naver.jp

画像出典 www.jurer.jp

 
不器用だけど、真っすぐな愛情、感動しますね。あぁ、なんだか父親に会いたくなってきた。そうだ、今夜実家へ顔だそう。

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