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【エルトゥールル号が繋いだ日土の友情】親日国トルコと関わりが深い串本町のトルコ関係スポットをご紹介!

2017/5/25 | 3,369 PV |

ふるさと

 
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トルコは親日国として知られており、旅行に行くと日本人というだけでフレンドリーに振舞ってくれる人も多いと言います。
ですが、何故トルコは日本人に対して好意的なのでしょうか?
和歌山県串本町で起きた歴史上の出来事を、それに関わる建物や慰霊碑などと共にご紹介します♪

 
 

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出典 Craft MAP

 

和歌山県串本町は、本州最南端にある町です。
紀伊半島の一番端にあり、経度は八丈島とほぼ同じ。
海のレジャーや水族館、海岸沿いの奇岩などの絶景を存分に楽しむことができますが、和歌山県の中心部からはかなり離れているので、訪れたことがある人はそれほど多くないかもしれません。

 
 

和歌山県の夕日朝日百選にも選ばれており、サンゴ群集はラムサール条約湿地にも登録されています。

 
 

今も語られるエルトゥールル号遭難事件

エルトゥールル号遭難事件とは、串本町の紀伊大島で起きた船の沈没事故です。
127年前、トルコは小松宮彰仁親王のトルコ訪問に応える形でエルトゥールル号を日本に向かわせました。
使節団は11か月もの月日かけてやっとの思いで日本に到着し、歓迎を受けたのちに帰路に就いたそうです。

 

しかし、日本を出航したのは台風の時期である9月。日本側は見送るよう助言をしましたが、船は出航してしまいます。

 
 

 
 

船は予想通り台風に遭遇し、和歌山県串本町(当時は大島村)にある樫野崎沖で岩礁に衝突。海水が機関に侵入したことで水蒸気爆発を起こし、沈没してしまいました。
船には600名以上が乗っていましたが、火傷や溺死などによって生存者は69名しか残らなかったそうです。

 
 

 
 

大島の人々は、助けを求めて崖をよじ登って来た負傷者から話を聞くと村人総出で救出を開始、衣類や非常用の食べ物まで提供して懸命に助けようとしたそうです。
明治天皇は負傷者に対して様々な援助を行い、治療後に日本の船(比叡・金剛)でトルコまで送り届けました。
助かったトルコ人たちは帰国後にこの出来事を語り、それが現代の親日に繋がっているようです。

 
 

 
 

さらに、茶道宗徧流の第8世家元である山田寅次郎は、国内で演説会を行い犠牲者の遺族のために募金を行いました。彼は自らの手でイスタンブールに届け、トルコで大歓迎を受けたそうです。
山田はその後トルコに滞在し、日本語を教えるなどして日本とトルコの関係のかけ橋となる民間大使館のような存在となりました。
なんと、後述するムスタファ・ケマル・アタテュルク大統領も、若い頃に山田に日本語を教わったそうです。

 
 

「恩返し」と戦火から日本人を救ったトルコ。

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