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思わず息をのむほどの絶景…!北海道遺産の一つ『神威岬』

2017/7/12 | 4,992 PV |

ふるさと

 
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北海道、積丹半島にある歴史深い人気観光スポット、“神威岬”をご存知ですか?
アイヌ語で“神”を意味するこの神威岬(かむいみさき)。
北海道の観光ポスターでもよく使われているのですが、一体どのような所なんでしょう?
今回は少しですが歴史にも触れつつ紹介したいと思います!
 
 

絶景すぎる神威岬

 
この神威岬、景色が素晴らしいことから52ヵ所ある北海道遺産のひとつに認定されているのです!
その岬がこちら!
 

 
 
なんだか、天に続く道のようです。
この尾根沿いに作られた道を“チャレンカの小道”というのですが、“チャレンカ”については後程お伝えします。
20~30分チャレンカの小道を歩くと、岬の先端まで行くことができます♪
途中歩きにくい箇所もあるので、訪れる際は歩きやすい靴で!
また、風が強くなりやすいので帽子等、風でとばされやすいものは身に着けないほうがいいかもしれません。
 
 

 
 
チャレンカの小道の両側に広がる海はこんなに綺麗♪
景色に飽きることなく歩けそうです(笑)
そして、この岬の先端まで行くと、このような景色が広がっています!
 
 

Takayuki Mさん(@taka3329)がシェアした投稿

 
 
一面に広がる水平線、青い海と空。息をのんでしまいます。
この真ん中の一番目立っている岩を“神威岩”と言うのですが、実はこの神威岩、先ほどのチャレンカと深い関係があるのです!
 
 

チャレンカとは?

 
さて、先ほどからでてくるチャレンカ。実は、女性の名前なんです!
平安時代まで時代は遡るのですが、源義経は知っていますか?源頼朝の弟であり、また牛若丸と弁慶の、牛若丸です。
北海道には、奥州で討たれたはずの義経が蝦夷地へ逃れ、日高の平取の首長のもとに身を寄せたというお話があります。
義経が日高で身を寄せている際、平取の首長の娘であるチャレンカ姫が義経を強く慕うようになったのだそう。
ですが、義経は船で北へ旅立ってしまいます。もちろんチェレンカ姫はその後を追いましたが、すでに義経は行ってしまっていました。
チャレンカ姫はどうすることもできず、「和人の船、婦女を乗せてここを過ぐればすなわち覆沈せん」と残して海に身を投げたそうです。
そして、その後チャレンカ姫は岩と化したと言い伝えられ、それが今の神威岩だと言われています。
明治時代初期までは女性を乗せた船が通るとチャレンカの嫉妬から事故に遭うと言われており、女人禁制の場所だったそうです。
 
 

よーさん(@yoh_photo)がシェアした投稿

 
 

チャレンカの小道の前にある女性禁制の門とは

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