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2015/2/17 | 3,571 PV |

泣ける・感動

 
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「僕は父親が大嫌いだった」最後まで正義を貫いた父親が息子に伝えたかった思い。

毎日毎日、一生懸命働いているのに、周りと比べて最も貧しい親子。
「どうしてぼくの家はお金持ちじゃないの?」その問いかけに、父親は自分の命をかけ、長い年月をかけて息子に伝えました。

この映像はViddseeというチャンネルが公開している“優しい気持ちを持つ素晴らしさ”のショート映像です。

Gift

「僕は父が嫌いだった」
毎日馬鹿みたいに働いているのに、ちっとも成功しない。お金がなくてとても貧乏だった。
そんな父が嫌いだったんだ。
お小遣いについてくる”おまけ”も、税金と言いながら変な貯金箱に入れられてしまう。
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「これはお前から、これは私から」そう言いながら、貯金箱へ・・・。
これが何を意味するのか、この時は全く分からなかったんだ。
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「どうしてうちはお金もちじゃないの?」
僕が聞くと父はこう言ったんだ。
「お金もちになるってのはな…どれだけ持つかではない。どれだけ与えられるかなんだ。なんとかして与えたとき、さらに幸せになる。」
 
父親の言葉は理解できなかった。僕はちっとも幸せなんかじゃなかった。

父親みたいに貧しくなりたくなくて僕は必死に勉強して成功することができた。
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たまにかかってくる父からの電話。会う口実を作って連絡をしてくる父が嫌だった。
 
しばらくして、父親が死んだ。
僕は実家に行ったんだ。父の残したものを整理していると手紙が・・・
それは僕宛てに届いていた”募金支援の令状”だった。
募金なんてした記憶ないし、間違いではないかと思って問い合わせることに。
すると・・・「あなたに会わせたい人がいます。」そう紹介されて向かった先には車いすの男性が。

父親はこの施設で、体に障害をもつ人々の心の支えになっていたのだ。
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引退してゆっくり過ごす事もできたのに、父は働き続ける事を選んだ。
そうやって、一人でも多くの人の支えになる事が父自身の”幸せ”だった。
でも、自分の病気の事は誰にも話さなかった。

この時、僕は初めて父親の偉大さを知ったんだ。
ぼくの家は貧しかった。でも、その上で成り立つ幸せを感じる事ができる人間になれた。
僕は父親のようになりたいと思うようになった。
 
そして・・・父がずっと続けてきた”人に与える喜び”を引き継ぐことにしたんだ。
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★ 動画はこちら ↓

出典 Youtube

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