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母の愛は4000年前も変わらない。地震で亡くなった人たちの遺跡に泣ける

2015/8/21 | 47,016 PV |

泣ける・感動

 
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4000年前に中国で起きた大地震。
 
遺跡から最期まで子どもを守ろうとして亡くなった母親の愛を感じ、思わず涙してしまいます。
 
 


避けられない自然災害


昔から自然災害によって、大きな被害を受けてしまうことがあります。
 
現在は噴火予知の技術が発展してきたことにより、災害から避難できる可能性が高まりましたが、地震においてはまだ予知が難しく、東日本大震災でも東北を中心に大きな被害を受けてしまいました。
 
以下の画像は、4000年前に中国で起こった大地震により亡くなってしまった方々の遺跡です。
 
 

最期まで子どもを守ろうと抱きしめていた母親

厳しいとわかっていても、子供だけは助けたいという母の一心が伝わってきます
 
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出典 mailOnline

 
 

一瞬にして建物の下敷きに

地震により一瞬にして建物が崩壊し、亡くなってしまったものと見られています
 
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出典 mailOnline

 
 

子どもを抱きしめたまま跪いた様子

以下に突然の出来事であったかが伝わってきます
 
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出典 mailOnline

 
 


ポンペイの遺跡と通ずるものがある


この中国の遺跡は、噴火により一瞬にして町が崩壊してしまった『ポンペイの遺跡』に通ずるものがあります。
 

62年2月5日、ポンペイを襲った激しい地震によりポンペイや他のカンパニア諸都市は大きな被害を受けた。町はすぐに以前より立派に再建されたが、その再建作業も完全には終わらない79年8月24日の午後1時頃にヴェスヴィオ火山が大噴火し、一昼夜に渡って火山灰が降り続けた。

翌25日(噴火から約12時間後)の噴火末期に火砕流が発生し、ポンペイ市は一瞬にして完全に地中に埋まった。降下火山灰はその後も続いた。軍人でもあった博物学者のガイウス・プリニウス・セクンドゥス(大プリニウス)は、ポンペイの市民を救助するために船で急行したが、煙(有毒火山ガス?)に巻かれて死んだことが甥のガイウス・プリニウス・カエキリウス・セクンドゥス(小プリニウス)による当時の記述から知られている。

出典 Wikipedia

 
 

ポンペイの遺跡でも、子どもを抱いたまま噴火に飲み込まれた石像化した母子の遺跡が発掘された

我が子を抱きしめたまま火砕流に飲まれ、地中に埋まってしまった母親、その他多くの人々が一瞬にして亡くなってしまった遺跡が復元されました。
 
当時の様子がそのまま伝わってくるようなリアルな遺跡です。
 
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出典 mailOnline

 
 

ポンペイ遺跡はコチラの動画でご覧になれます

出典 Youtube

 
 
時が経っても、場所が変わっても、母が子を思う気持ち、守り抜こうとする愛は変わらないんだなと思うと、悲しさと感動から涙が溢れ出てきます。

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